第3回シンポジウム・アブストラクト

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RNA修飾によるエピトランスクリプトーム制御と疾患
東京大学大学院工学系研究科
化学生命工学専攻教授
鈴木 勉

RNAは転写後に様々な修飾を受けることが知られており、もはやゲノム配列から知りうる情報だけでRNAの機能は語れない状況にある。実際、これまでに約150種類のRNA修飾が、様々な生物種から見つかっている。RNA修飾はmRNA, tRNA, rRNAをはじめ、あらゆるnon-coding RNAにも普遍的に存在し、RNAが機能する上でこれらの修飾は重要な質的情報である。RNA修飾の担う役割としては、細胞内局在の決定、立体構造の安定化、RNA結合タンパク質との相互作用、遺伝情報の修飾と解読などが知られているが、その機能と生合成過程には未解明な部分が多く残されている。近年の次世代シーケンスを用いた大規模なトランスクリプトーム解析によって、イノシン(I)やN6メチルアデノシン(m6A)をはじめとする数種類の修飾が、mRNAやnon-coding RNAから大量に見つかり、RNA修飾の研究は、最近はエピトランスクリプトミクスと呼ばれ、転写後段階における新しい遺伝子発現制御機構として、生命科学における大きな潮流を生み出している(1)。

一般にm6AはmRNAの内部に存在しているが、脊椎動物では、mRNAの5′末端の7-メチルグアノシン(m7G)キャップ構造に続く1塩基目にもN6,2′-O-ジメチルアデノシン(m6Am)として存在する。このm6Am修飾の生合成や機能はほとんどわかっておらず、その解明のためにはm6Am修飾のN6-メチル基を導入する酵素の発見が必要であった。私たちは、様々な生物種から、微量なRNAを単離精製し、質量分析法(RNA-MS)を駆使することで、新しいRNA修飾やその修飾酵素を探索している。最近、比較ゲノム解析による候補遺伝子の絞り込みとRNA-MSを組み合わせることにより、m6Am修飾のN6-メチル化酵素を発見し、Cap-specific adenosine methyltransferase (CAPAM)と命名した(2)。CAPAMはRNAポリメレースIIの転写初期の複合体に結合し、キャップ構造依存的にm6Am修飾を導入することが判明した。リボソームプロファイリングによる解析の結果、m6Am修飾は翻訳を促進する役割があることが判明した。現在、その分子メカニズムの研究を行っている。

私たちは、ミトコンドリア脳筋症の代表病型であるMELASやMERRFの主要な原因がtRNAの修飾欠損であることを見出し、RNA修飾の欠損が疾患の原因となる、RNA修飾病(RNA modopathy)という疾患の新しい概念を提唱した(3)。実際に、疾患と関連したエキソーム解析により、RNA修飾遺伝子上に様々な疾患の原因変異が見つかっており、RNA修飾病はヒトの疾患における一つのカテゴリーを形成しつつある。

(1) Frye et al., Nature Rev Genet., 17, 365-372 (2016)
(2) Akichika, Hirano et al., Science, 363, eaav0080 (2019)
(3) Suzuki et al., Annu Rev Genet., 45, 299-329 (2011)

 

非コードRNAによる細胞内相分離誘導
北海道大学遺伝子病制御研究所所
RNA生体機能分野教授
 廣瀬 哲郎

哺乳類の細胞内には数多くの非膜性構造体が存在する。これらの構造体には、特定のタンパク質やRNA分子群が集約され、様々な生理条件や疾患においてその消長が大きく変化することが知られている。近年、非膜性構造体は相分離した液滴の性状を持つことが示され、その相分離空間は、特異的生化学反応の場、制御因子の隔離の場、クロマチン3D構造ハブといった多彩な機能を果たすことが提唱されている。講演者は、ヒトゲノムから産生される数万種類もの長鎖ノンコーディングRNAの中から、相分離を誘導して非膜性構造体の骨格として働くRNAを発見し、architectural RNA(arcRNA)と命名した。arcRNAは、独自のモジュラーな機能ドメイン構造を有し、そこに天然変性領域を持つRNA結合タンパク質(RBP)を多数集約させることによって、細胞内で局所的な相分離を誘発し、巨大な非膜性構造体を形成する (1)。また相分離構造体の物性や内部構造もarcRNAの機能ドメインによって細かく規定されていることも明らかになってきた。一方で、温度ストレス誘導性のarcRNAによって形成される非膜性構造体は、温度変化を感知して特異的プロテインキナーゼを相分離構造体内に取り込み、そこに選択的に集約されていたRBPをリン酸化して、標的遺伝子群の発現制御を行っていることが明らかになり、生化学反応の「るつぼ」としての非膜性構造体の働きが示された(2)。さらにarcRNAは、他の細胞内RNAとは異なるユニークな生化学的性質を示すことを発見し、その性質を利用した次世代シーケンス解析によって、新規arcRNA候補を多数取得することにも成功した(3)。こうして、arcRNA機能の一般性が示唆された。つまりゲノムの様々な座位から周囲の環境に応じて転写されたarcRNAは、その周囲に一過的な相分離環境である非膜性構造体を形成し、核内遺伝子発現を統御している可能性が浮上してきた。相分離誘導を担うarcRNAに結合するRBPの多くは、神経変性疾患タンパク質として知られており、相分離現象と神経変性疾患との関係性も注目されている。本講演では、arcRNAが先導する相分離誘導を介した非膜性構造体の形成機構と機能についての最新知見を紹介し、今後の研究の方向性を展望したい。

(1) Yamazaki et alMol Cell. 70:1038-1053 (2018)
(2) Ninomiya et alEMBO J. in press (2019)
(3) Chujo et alEMBO J. 36:1447-1462 (2017)

 

RNA分子デザインによる細胞の識別と運命制御
京都大学iPS細胞研究所
未来生命科学開拓部門教授
齊藤 博英

目的の細胞を選別したり、不要な細胞を除去する技術の開発は、細胞を活用した医療にとって重要である。本講演では、京都大学 iPS 細胞研究所における最新の話題とともに、講演者の研究室で開発した「RNAスイッチ」技術を用いた、細胞の運命を制御する研究について紹介する。

iPS細胞は様々な細胞を創り出せるが、課題も存在する。特に重要なことは、iPS細胞から目的の細胞を安全かつ簡便に選別することである。これまで目的の生細胞を高純度で得るためには、細胞表面の抗原を識別して細胞を選別するという操作が行われることが一般的であった。しかし最適な表面抗原が同定されていない細胞種も多く、そのような細胞を選別することは時に困難を伴う。私たちは、生命工学の技術をiPS細胞技術と組み合わせることで、この課題を解決することを目指している。RNAスイッチとは、標的細胞で働く特定の因子に応答し、外来遺伝子(自殺遺伝子など)の発現を自由にオン・オフ制御できる合成mRNAのことである。我々は、細胞の種類に応じて発現が異なるマイクロRNA (miRNA)を検知することで、iPS細胞から分化した標的細胞の選別が実現できると着想し、miRNAに結合するアンチセンス配列を導入した合成mRNA (miRNAスイッチ)を作製した。このスイッチは、miRNAの発現に応じて、mRNAにコードされた外来遺伝子の発現を調節できる。このmiRNAスイッチを細胞に導入した結果、心筋細胞や神経細胞、インスリン産生細胞などを高効率で選別することに成功した。また、自殺遺伝子の発現を制御することで、心筋細胞をセルソータを用いずに自動的に純化できた。さらに、分化誘導の過程で残存する未分化iPS細胞や、分化が不完全な細胞を選択的に除去することもできる。合成mRNAを細胞に直接作用させるこの方法は、核内のゲノムを損傷する可能性が極めて低い。また作用させるRNAの半減期が短く自然に除去されることが利点であり、再生医療を想定した臨床においても活用できる安全性の高い細胞を創出できる可能性が高い。このRNAスイッチ技術や、それらを組み合わせた「RNA人工回路」による細胞の精密な運命制御研究の展望について議論したい。

[1] Miki K et al; Cell Stem Cell, 2015, 16(6):699-711
[2] Hirosawa M al; Nucleic Acids Res., 2017, 45(13):e118
[3] Matsuura S et al; Nature Communications, 2018, 9(1):4847
[4] Endo K et al; Science Advances, 2019, 5(8):eaax0835

 

長鎖ノンコーディングRNAの機能の解明に向けたバイオインフォマティクス

早稲田大学理工学術院教授
先進理工学部電気・情報生命工学科
浜田 道昭

近年,ヒトなどの高等生物において,タンパク質に翻訳されずに生体内で機能を有する「長い」ノンコーディングRNA(長鎖ノンコーディングRNA; lncRNA)が数多く見つかってきている.RNA-seqに代表される大規模発現解析により,ヒトにおいてはmRNAの数より多いlncRNAが存在すると考えられているが,その大部分の機能は未知である.lncRNAの多くは,スプライシングをされキャップ構造やポリA鎖が付加されるなどmRNAと類似した点を有している一方で,時期や細胞種特異的な発現パターンを示すもの,核局在のものが多いことも知られている.また,機能がわかっているlncRNAの中にはがんや神経変性疾患などの重篤な疾患に関連しているものがあることが知られている.そのため,機能未知のlncRNAの機能を解明していくことは,疾患の原因究明や新たな創薬ターゲットの創出などにつながる重要な研究課題である.本講演では,lncRNAの機能の解明に資するバイオインフォマティクス技術や実際の解析例について,当研究室の研究を中心に紹介をする.

 

mRNA標的中低分子創薬:あらゆる疾患に適用できる古くて新しい分子標的創薬プラットフォーム技術
株式会社Veritas In Silico
代表取締役社長
中村 慎吾

Veritas In Silico(VIS)は、mRNA上に創薬標的となる部分構造を発見する計算技術と、標的を検証し化合物スクリーニングを実現する実験技術の両方によって、mRNAを標的とするアンチセンスオリゴ(ASO・中分子)と低分子創薬を可能とするプラットフォーム技術を提供する。mRNA標的創薬は、単一の技術ではなく複数の必須技術の集合体がシステムとして利用されることで達成される。

ASOやsiRNAの標的であるmRNAは、タンパク質と並んで非常に重要な標的生体高分子群である。しかし、低分子創薬にあって標的であるタンパク質の立体構造が精密に研究されてきたことに比べると、mRNAは創薬標的として構造を研究されることがなかった。その理由は、mRNAがそもそも一つの構造をとるように運命づけられていないだけでなく、構造をとるために許されている時間が秒単位であるため実験的手法を用いても実際の構造を反映した結果が得られる保証がなく、研究が進んでいないことにある。

それでも直近30年もの間、rRNAとアミノグリコシド系抗生物質、リボスイッチとそのリガンドなど、RNA構造とそれに結合する低分子化合物の組み合わせが自然界に発見されるたび、そのRNA構造に対する低分子創薬が想起されてきた。現時点は、こうした事実を踏まえ魅力的な創薬標的RNAであるmRNAについて、「mRNAには低分子が結合しうる未知の構造がまだまだある」「RNA構造へ結合する低分子化合物がスクリーニングによって見つかる」という発想の大転換期にあり、日米をはじめ取り組みが見られるようになってきた。つまり、mRNA上の安定な部分構造に対し、それを安定化する低分子化合物を取得できれば、ASOやsiRNA様のノックダウンが引き起こせるはずだからである。mRNAを標的とした創薬は、あらゆる疾患に適用できる潜在性を秘めた次世代創薬の本命と期待される。

VISは、統計熱力学をベースとした理論計算によってmRNA上に存在確率の高い安定部分構造を発見し、その構造に対して高速・高感度な低分子化合物スクリーニング系を迅速かつ確実に構築することによりmRNAに対する低分子創薬を可能とする。パートナーとなる製薬会社自身の化合物ライブラリー資産をスクリーニングに用いることで、扱いなれた自社化合物中に全く新しい機能化合物を見出すことができる。VISは見出された化合物について、RNA向けに最適化した3次元構造実測と量子化学計算を組み合わせ、リード化合物の創出を支援する。一方、本計算によってmRNAに発見される存在確率の高い不安定部分構造はASOの標的となり、本質的に副作用が少ない高活性ASOを短期間に創出することができる。VISのmRNA標的創薬は真の創薬パラダイムシフトとして、一般の疾患へは低分子、希少疾患向けにはASOを最適解/創薬モダリティーとして、患者様と社会に大いに貢献できる。

 

第一三共RDノバーレの臨床研究への挑戦〜Decipher Disease, Deliver Drugs
第一三共RDノバーレ
トランスレーショナル研究部
主幹研究員 久保田 一石

近年、RNA創薬に代表されるように新たなモダリティが開発され、これまでの低分子、抗体医薬ではdruggableではないと言われていた遺伝子・蛋白質を制御することが可能になりつつある。そのため、今後来るであろう次世代の創薬において最も重要な要素は、どの分子を標的とするかという標的探索である。

新たな標的を探索する上で、同時に問題となっているのは、動物モデルやヒト細胞株などの非臨床モデルが存在しない場合が多いことである。特に癌領域では、非臨床モデルの外挿性が低く、臨床検体の解析(リバーストランスレーショナル研究)の重要性が良く知られている。

我々は最終的に「疾患から始まる創薬=Decipher Disease, Deliver Drugs」に挑戦すること、すなわち、患者さんの血液や組織(臨床検体)の遺伝子や蛋白質の解析結果から疾患のメカニズムや薬の反応性に関する仮説を立て、その仮説を実験によって裏付けることで、患者さんで効く可能性の高い薬剤を開発することを目指している。第一三共RDノバーレは、これまでも第一三共グループの創薬テクノロジー拠点として、非臨床研究において最先端の研究水準を有していたが、今回この挑戦のために、一年間で、2018年度に臨床検体の解析をGCP基準下で実施する体制を新たに構築した。

第一段階として、臨床検体を最先端の技術を用いて統合的に解析することにより、創薬の成功確率向上の貢献を目指している。すなわち薬剤の作用メカニズム解明、薬効バイオマーカー開発、予測バイオマーカー探索、適応症選択、併用薬選択等に貢献したい。そしてその先には、第二段階として、疾患の真の理解とそれに基づく新規創薬標的の同定を行うことを追求したい。

本発表では、2018年度の我々の試みを紹介すると共に、これからの挑戦について議論したい。

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