ゲノム創薬・創発フォーラム 第5回シンポジウム
「炎症・免疫難病・がんの新規治療標的探索最前線
2021 年 1 月 13 日 (水) 13:00 – 18:00
開催趣旨
ゲノム創薬・創発フォーラムはヒトゲノム解明が進みつつあった1998 年に発足したゲノム創薬フォーラムに源流をもちます。2013 年には創薬だけでなく様々な医療分野への展開を目指したゲノム創薬・医療フォーラムとなり、2019 年より、異なる分野の専門家の議論によるイノベーションを誘発したいという思いが 「創発」 という言葉に込められ、新たにゲノム創薬・創発フォーラムとして発足しました。
今回は「炎症・免疫難病・がんの新規治療標的探索最前線」というコンセプトでシンポジウムを組んでみました、炎症・免疫・がん領域は未だに多くのUnmet Needsが残されている領域です。多くの細胞・シグナルの相互作用による複雑な生物現象であり、その現象を正確に測定することはもとより、その複雑な情報を解釈し、実際に介入可能な標的を探し出すことは、様々な測定・情報技術、精度の高い実験、そして生物学のセンスが組み合わさったアートだと考えられます。本シンポジウムで特別講演としてお招きしている審良静男先生はじめとする5人の演者の先生方からそれぞれのアートを感じ取って頂ければと思います。また複雑な生物情報の解析・解釈する一つのBreakthroughとなる技術として、量子コンピューティングのアプリケーションを開発するQunaSys社からも領域の現状と今後の見通しについて講演いただきます。
可能であれば例年通り懇親会を含めた対面での開催を行いたいと思っておりますが、オンライン開催の場合は演者や参加者が十分に議論・交流のできる形での開催にしたいと思っております。企業・アカデミアをはじめとする皆様のご参加をお待ちしております。
オーガナイザー︓
東京理科大学 生命医科学研究所 教授 松島 綱治
東京大学 大学院医学系研究科 教授 石川 俊平
第5回 シンポジウムプログラム
日時:2021年1月13日(水)13-18時
会場:ネット開催
主要テーマ:炎症・免疫難病・がんの新規治療標的探索最前線
座長:東京大学 石川 俊平 先生、東京理科大学 松島 綱治 先生
13:00-13:05 「代表挨拶」 東京理科大学 生命医科学研究所 松島 網治 先生
13:05-13:10 「開催趣旨」 東京大学 大学院医学系研究科 石川 俊平 先生
I.特別講演
13:10-14:00 マウス肺線維症モデル解析に基づく新規治療標的候補
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 審良 静男 先生
II.シンポジウム
13:00-14:45 1.核酸特異的Toll様受容体の活性制御機構とその破綻によるヒト疾患
東京大学 医科学研究所 感染遺伝学分野 三宅 健介 先生
14:45-15:30 2.多層的オミックスデータベース構築による腫瘍免疫システムの解明と医薬品 開発への応用
中外製薬株式会社 創薬基盤研究部 水野 英明 先生
休憩
15:40-16:25 3.Treg 誘導化合物の発見とそのメカニズム解明
アステラス製薬株式会社 キャンディデート ディスカバリー研究所 赤松 政彦 先生
16:25-17:10 4.肺線維症のsingle cell transcriptome解析に基づく治療標的候補 分子探索
東京理科大学 生命医科学研究所 炎症・免疫難病制御部門 七野 成之 先生
17:10-17:55 5.生命科学・創薬研究における量子コンピューティングのアプリケーション
株式会社QunaSys 松岡 智代 先生
17:55-18:00 全体質疑
マウス肺線維症モデル解析に基づく新規治療標的候補
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
特任教授
審良 静男
線維症は肺、腎臓、肝臓、心臓などの臓器に線維化がおこり、臓器機能に障害を惹き起こす重篤な疾患である。線維化は慢性的な組織障害や炎症に対する生体反応と考えられている。しかしながら、その詳細な成因機序はあきらかでなく効果的な治療法も開発されていない。
最近我々のグループは、マウスモデルでブレオマイシン投与による肺線維症の発症に必須の役割を果たす新規非定型単球を同定した。その細胞の特異的な核の形状と顆粒球特異的な遺伝子も発現していることから、この新規単球をSatM細胞(segregated nucleus-containing atypical monocytes)と名付けた。C/EBP欠損マウスでは、SatM細胞が完全に消失しており、SatM細胞の分化にC/EBPが必須であることが判明した。C/EBPを骨髄細胞で欠損したキメラマウスは、ブレオマイシンによる肺線維症の発症に抵抗性を示した。最近、RNA結合蛋白RBM7を欠損したマウスもブレオマイシンによる肺線維症に強い抵抗性を示すことがあきらかとなった。RBM7は、核内エクソゾーム・ターゲティング複合体(NEXT)の1コンポーネントであり、RNA分解に関わる。ブレオマイシン投与後、線維化の時期と一致してRBM7蛋白は非免疫系細胞で著明に誘導され、細胞死を引き起こす。
アポトーシス阻害剤の投与により線維化は抑制されるとともにSatM細胞の肺への移入も減少した。RBM7はlong non-coding RNAのNEAT1と結合しNEAT1を分解する。NEAT1は核内でparaspeckle形成に関わるが、RBM7ノックアウトマウスではparaspeckleの数と大きさが増大していた。RBM7欠損細胞でNEAT1をノックダウンすると細胞死が誘導された。RBM7ノックアウトマウスの肺でNEAT1の発現を低下させると肺線維症が誘導された。このことは、RBM7ノックアウトマウスにおけるブレオマイシン誘導肺線維症に対する抵抗性は、NEAT1の過剰産生によることを示している。ブレオマイシン誘導肺線維症において、線維期に肺実質細胞でRBM7が誘導され細胞死がひきおこされるとSatM細胞が肺に流入し線維化を惹起するという新たな線維化に至る経路があきらかとなった。この経路をブロックすることは、新たな肺線維症の治療薬の開発につながるものと期待される。
Identification of an atypical monocyte and committed progenitor involved in fibrosis. Satoh et al., Nature 2017
Dysregulated expression of the nuclear exosome targeting complex component Rbm7 in nonhematopoietic cells licenses the development of fibrosis. Fukushima et al., Immunity 2020
核酸特異的Toll様受容体の活性制御機構とその破綻によるヒト疾患
東京大学医科学研究所
感染遺伝学分野 教授
三宅 健介
自然免疫システムにおいて、様々な核酸センサーが機能している。病原体由来の核酸に応答し、感染防御反応を誘導するが、感染と直接関係のない組織損傷においても活性化される。核酸が病原体コードとしてだけでなく、ダメージコードとしても機能しており、組織損傷に起因する様々な病態に関与する事が明らかになりつつある。
ダメージコードとしての核酸は、組織傷害時に死細胞から放出されたり、核やミトコンドリアから細胞質に放出される。これらの放出された核酸は、エンドリソソームや細胞質内に局在する核酸センサーを活性化する。核酸センサーの活性化は感染防御反応ばかりでなく、非感染性の炎症病態、癌化、老化の誘導にも関わる。自己由来の核酸は健常状態においても常時放出されており、それによる核酸センサーの活性化は、様々なメカニズムで厳密に制御されている。例えば細胞外、エンドリソソーム、細胞質に局在する核酸分解酵素によって核酸が常に分解されるており、それによって核酸センサーの活性化が抑制されている。この制御が破綻すると、自己炎症性疾患、自己免疫疾患の原因となる。
例えば、ヒトにおいて、DNA分解酵素DNase I、DNase I like 3、DNase II、TREX-1の機能低下型遺伝子変異が自己免疫疾患、自己炎症性疾患を誘導することが明らかになっている。ダメージコードとしてのDNAが分解を免れて過剰に蓄積することで、DNAセンサーの恒常的活性化が誘導され、炎症病態が誘導される。RNAセンサーも同様な制御を受けていると考えられている。
我々は、RNAセンサーの活性制御機構とその破綻によるヒト疾患についての解析を進めており、その最近の結果を紹介する。
多層的オミックスデータベース構築による腫瘍免疫システムの解明と医薬品開発への応用
中外製薬株式会社
創薬基盤研究部
水野 英明
がん免疫療法の創薬を考える上で、腫瘍に浸潤している免疫細胞の組成とがんの進展との関係性を知ることは重要な手がかりとなる。例えば、免疫抑制機能を持つ制御性T細胞、骨髄由来抑制細胞、腫瘍随伴マクロファージなどはがん化によって存在量が増加し、がんの成長に有利に働くことが分かってきている。がんの悪性度や予後と関係する腫瘍浸潤免疫細胞を同定・標的化し、免疫環境改善を図ることは有望ながん治療戦略であり、実際に医薬品開発も行われている。
また、がん細胞はシグナル遺伝子の発現を変え、特定の免疫細胞を誘引・忌避したり、その活性化状態に影響を与えることで免疫抑制的な環境を構築すると考えられている。こうした腫瘍浸潤免疫細胞組成に影響を与えるがん細胞シグナル異常を見出すことも、新しい治療法開発の糸口となる。
このような方針に基づき、中外製薬と国立がん研究センターが協働し、ヒト臨床検体を用いたがん免疫微小環境の分子基盤理解のためのデータ基盤を構築することにした。
これまでに250例を超える肺がん外科切除標本について、ハイパラメーターFACS、RNA-seq、Exome-seq、TCRレパトア解析、メタボローム、免疫組織染色などのデータ取得を行い、これに臨床情報を加えて、多層的なオミックスデータベースを構築した。免疫細胞プロファイルと年齢、性別、ステージ、予後、遺伝子変異状態などの各種パラメーターとの関連性の網羅的な解析を実施したところ、いくつかの免疫細胞に関して腫瘍進展との間に興味深い関連性が見出された。また、腫瘍浸潤免疫細胞組成による肺がんサブタイピングをおこなったところ、肺腺癌、肺扁平上皮癌それぞれで予後に差の出るクラスターが得られた。各クラスターについてRNA-seqデータから発現変動遺伝子を同定することで、シグナル経路の特徴についても理解が進んできている。
本講演では、こうした臨床検体を用いた多層的オミックスデータベース構築と、これを統合的に解析することによる創薬標的分子・バイオマーカー探索の取り組みについて紹介する。
Treg 誘導化合物の発見とそのメカニズム解明
アステラス製薬株式会社
キャンディデート ディスカバリー研究所
赤松 政彦
制御性T細胞(Treg)は免疫応答を抑制的に制御する機能を持つT細胞で、免疫自己寛容や免疫恒常性の維持に重要な役割を有している。自己免疫疾患、アレルギー、移植時拒絶反応等の免疫関連疾患において、病因抗原を認識して活性化したT細胞からTregを分化誘導することができれば、誘導されたTregの作用によって病因抗原への応答を選択的に抑制する副作用の少ない革新的な治療法への応用が期待される。一方で、Tregを人工的に誘導するには様々な課題が残されている。特に病気の原因となる活性化T細胞からTregを誘導することは難しく、また、免疫疾患の患者で増加している炎症性サイトカインの存在下でTregが誘導されにくいことは、Treg誘導による治療を実現する上で解決すべき課題となる。
私達はその課題を克服し得る方法を見出すために、活性化刺激を与えたT細胞からのTreg誘導を指標とする表現型スクリーニングを実施した。約5000化合物のスクリーニングから得られた化合物AS2863619は、活性化T細胞を非常に高効率にTregに変換する活性を有し、炎症性サイトカインの存在下でもTreg誘導活性を示した。さらに、AS2863619の結合タンパク質解析によって、本化合物がCDK8およびCDK19のキナーゼ活性を阻害することを明らかにした。活性化T細胞ではCDK8/19のキナーゼ活性がTregへの分化を抑制しており、AS2863619がその作用を打ち消すことでTregを効果的に誘導すると考えられた。AS2863619を様々な疾患モデルマウスに投与すると、Tregの増加に伴って病態発症が抑制された1)。これらの結果からCDK8/19阻害薬はTreg誘導を機序とする免疫制御薬として多様な免疫関連疾患の治療に応用し得ると期待される。
本研究は、産学連携プロジェクトである京都大学「次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点」プロジェクト(AKプロジェクト)において進めた。大学が有する免疫学に関する深い理解に紐づけられた最先端の基礎研究と、製薬企業が有する創薬技術(スクリーニング、標的同定、作用メカニズム解析)が融合した成果であり、そのプロセスを紹介する。
1)Science Immunology 25 Oct 2019: Vol. 4, Issue 40, eaaw2707
肺線維症のsingle cell transcriptome解析に基づく治療標的候補分子探索
東京理科大学 生命医科学研究所
炎症・免疫難病制御部門 助教
七野 成之
肺の線維化疾患はいまだ有効な治療法に乏しく予後不良である。線維化病巣は多様な細胞で構成されているが、それら活性化状態の多様性、各種細胞集団の相対的な脂質代謝経路への寄与については未だ不明な点が多い。我々は、磁気ビーズ上のcDNAの新規増幅法とBD Rhapsodyシステムを組み合わせ、既存の技術を感度・スループットの両者で上回る新規1細胞トランスクリプトーム法TAS-Seqを開発し、ブレオマイシン誘導マウス肺線維症モデルの経時的解析を実施した。
Seurat解析によりminorな各種細胞サブセットが同定され、細胞存在頻度はフローサイトメトリーと非常に高い正の相関(R2=0.992)を示した。また、各1細胞の線維化関連成長因子遺伝子の発現の積み上げ解析により、経時的にそれら成長因子の主要な産生源となる細胞集団が変化していることが見いだされた。ブレオマイシン誘導線維症の細胞間相互作用解析により、線維芽細胞に限局して発現しているDecorin(Dcn)を中心とするsubnetworkの減少が認められ、Dcn過剰発現線維芽細胞の経気道投与により、線維化進展が予防されることが見いだされた。
また、骨髄由来炎症性単球を欠損するCCR2ノックアウトマウスを用いた、シリカ誘導肺線維症の経時的scRNA-seq解析により、CCR2依存性のCD13+ CFX-マクロファージと、CCR2非依存性のCD13- CFX+マクロファージが同定された。CCR2ノックアウトマウスではシリカ誘導肺線維症が悪化するが、マクロファージ・線維芽細胞・上皮細胞の細胞間相互作用解析により、CFX+マクロファージとCCR2ノックアウトマウスで増加する活性化線維芽細胞との間の相互作用の一つとして、CFX-CFXreceptorの相互作用が示唆された。CFXはCFX+ marcophageに限局しており、活性化線維芽細胞はCFX receptor遺伝子を高発現していた。実際に、CFXの経気道投与は肺線維症を誘導し、線維芽細胞の活性化・遊走能を更新させた。
これらより、scRNA-seqデータをもとにした細胞間相互作用解析は、新たな肺線維症の介入標的を見出す上で有用であると考えられる。
また本演題では、我々は本解析技術をもとにしたscRNA-seq解析支援・受託解析を広く実施しており、そのなかでのscRNA-seq実験デザインのTipsについても最後に紹介したい。
生命科学・創薬研究における量子コンピューティングの可能性
株式会社QunaSys
最高執行責任者
松岡 智代
2019年10月23日,米GoogleがNature誌において「量子超越の達成」を発表したことにより,量子コンピュータへの注目がにわかに高まっている。米国を始めとする各国が、次々と国家予算の重点投入を決定しており,投資競争やプラットフォーム争奪戦が加速しつつある。
「創薬」も、量子コンピュータの有望アプリケーションの一つとされる。北米では、2019年にGSK等の主要製薬企業を中心としたコンソーシアム(名称:QUPHARM)が立ち上がっており、製薬業界における応用可能性について議論が進められている。当フォーラムにおかれても、関心を持たれている方は多いのではないだろうか。
QunaSysは、研究開発型スタートアップとして、ゲート式量子コンピュータのアプリケーション(アルゴリズム・ソフトウェア)開発に注力している。特に、最も実用化が近いと言われる量子化学計算への応用を見据え、世界に先駆けて革新的なアルゴリズムやソフトウェア・ツールを提案してきた。
我々からみても、「創薬」は非常に重要なアプリケーションであり、将来的に大きなビジネスインパクトがもたらされる領域の一つと考えている。ただし、現在の盛り上がりは、いわゆるハイプ・サイクルの「過剰な期待」のピークに位置するものだ。量子コンピュータはまだ生まれたての赤ん坊のような技術であり、実際に創薬の現場で活用されるためには、技術・事業の両面で、多くの課題を乗り越える必要がある。
本講演では、(いきなり技術の詳細に踏み込むのではなく)この技術がもたらすインパクトを正しく理解していただくことを目的として、量子コンピュータ技術の基礎、及び、当該技術の可能性と制約の両面について、弊社の認識をお話できればと考えている。また、特に創薬への応用という文脈での、プレイヤー動向・取り組み事例について、ご紹介を予定している。それら内容を踏まえ、今後の創薬への応用可能性について議論させていただければ幸いである。